補助金は採択がゴールではない|賃上げ要件と5年間の報告義務

補助金は採択がゴールではない|賃上げ要件の厳格化で、支援者選びの基準が変わりました

2026年、主要な補助金の賃上げ要件が一斉に厳格化されました。その結果、返還のリスクが顕在化するのは採択の3年後、5年後になっています。採択だけを目的にした支援では、その時期に誰も残りません。

+3.5%1人当たり給与の年平均
5年事業化状況報告の期間
18か月未達報告後の減点期間
全額マイナス成長時の返還
行政書士 潮海俊吾
執筆・監修:行政書士 潮海 俊吾
京都府行政書士会(登録番号19272132号)
補助金サポート実績 105社超 / 採択率73%
※2019年9月〜2026年5月に当事務所が申請支援を行い、審査結果が判明した案件の自社集計です。制度全体の採択率とは算定方法が異なります。
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最終確認日:2026年8月19日/本記事は公募要領等の一次情報に基づいて作成しています。

30秒でわかる要点

  • 賃上げは「やれば加点」から「やらなければ申請できない基本要件」に変わりました。
  • 未達なら達成度に応じた返還。年平均成長率がマイナスなら全額返還です。
  • つまりリスクが顕在化するのは採択時ではなく、3年後・5年後です。
  • 実績報告と年次報告の事務負担は、慣れていない事業者にとって想像以上に重いものです。
  • 支援者を選ぶ基準は「採択率」ではなく「どこまで伴走するか」に変わりました。

結論:採択は終点ではなく、5年間の始まり

補助金の相談で最も多い誤解は、採択されれば終わりだというものです。実際にはその逆で、採択の通知が届いた時点から、交付申請・実績報告・年次の状況報告という長い実務が始まります。そして2026年の要件変更によって、この期間に負う義務が明確に重くなりました。

この記事では、まず賃上げ要件がどう変わったのかを制度横断で整理します。そのうえで、なぜ「採択までの支援」では足りなくなったのか、支援者をどう選ぶべきかをお伝えします。

賃上げ要件が加点から必須要件へ移行したことを示す図
図1:賃上げの位置づけの変化。かつては加点(あれば有利)、いまは基本要件(なければ申請できない)。

賃上げが「加点」から「前提」になった

変化は特定の制度だけで起きたのではありません。ものづくり系の大型補助金、省力化投資、デジタル化・AI導入、そして小規模事業者向けの持続化補助金まで、ほぼ同じ時期に同じ方向へ動いています。

4つの変化

  1. 「総額」から「1人当たり」へ。採用で総額を嵩上げする方法が使えなくなりました。ものづくり補助金では23次締切分から役員報酬も計算対象外です。
  2. 「一時点の時給」から「複数年の年平均成長率」へ。持続化補助金の賃金引上げ特例は、第19回までの「事業場内最低賃金+50円」方式から、第20回で「1人当たり給与支給総額 年平均3.0%以上」方式に変わりました。
  3. 加点が消え、要件に格上げされた。ものづくり補助金は22次締切分にあった賃上げ加点を23次で廃止し、代わりに基本要件の水準を引き上げました。
  4. 未達に返還が紐づいた。達成度に応じた返還、マイナス成長なら全額返還。省力化投資補助金では未達の報告から18か月間、中小企業庁が所管する補助金の審査で大幅な減点を受けます。
制度1人当たり給与支給総額事業場内最低賃金位置づけ
新事業進出・ものづくり商業サービス補助金(第1回)年平均+3.5%以上地域別最低賃金+30円以上基本要件(必須)
中小企業省力化投資補助金 一般型(第8回)年平均+3.5%以上地域別最低賃金+30円以上基本要件(必須)
デジタル化・AI導入補助金 通常枠年平均+3.0%以上地域別最低賃金+30円以上補助額150万円以上は必須/未満は加点
小規模事業者持続化補助金(第20回)賃金引上げ特例年平均+3.0%以上―(時給方式から変更)補助上限+150万円の条件
(参考)ものづくり補助金 22次締切分総額+2.0%等の選択制地域別最低賃金+30円以上基本要件+賃上げ加点あり
補助上限を引き上げる「大幅賃上げ特例」を選ぶと、年平均+6.0%以上、事業場内最低賃金は地域別最低賃金+50円以上になります。上限額は魅力的ですが、未達なら上乗せ分が返還対象です。安易に選ぶべき選択肢ではありません。

数字で見る:+3.5%を5年続けるといくらか

率のままでは実感がわきません。従業員10人、1人当たりの給与支給総額が年400万円の会社で試算します。

年次1人当たり給与基準年からの増加(1人)10人分の年間増加額
基準年400.0万円
1年目414.0万円+14.0万円+140万円
2年目428.5万円+28.5万円+285万円
3年目443.5万円+43.5万円+435万円
4年目459.0万円+59.0万円+590万円
5年目475.1万円+75.1万円+751万円
5年間の累計+220万円+約2,200万円

ここに社会保険料の会社負担(報酬のおよそ14%)が乗るため、5年間の総増加額は約2,500万円になります。一方、新事業進出枠で従業員6〜20人の会社が受け取れる上限は1,000万円(賃上げ特例適用時1,250万円)です。

補助金の受取額と5年間の人件費増加額を比較した棒グラフ
図2:受け取る補助金と、引き受ける人件費増の対比。
これは「損をする」という話ではありません。設備投資で付加価値が上がれば賃上げの原資はそこから生まれ、制度もその循環を前提に設計されています。問題は投資が想定どおりに実らなかった場合でも、賃上げの義務だけは残るという非対称性です。だからこそ、申請するかどうかは自社の体力を踏まえて判断すべきものになります。

実例:従業員が1人辞めただけで要件を満たせなくなる

「1人当たり給与支給総額」という指標は、経営者が完全にはコントロールできない要素を含みます。持続化補助金 第20回の賃金引上げ特例を例に説明します。この特例は、比較する2つの期間の両方に在籍した従業員を対象に比較する仕組みです。

ケース1:従業員は1人だけ。前半の期間には在籍していたが、後半の期間の途中で退職してしまった。

ケース2:前半にも後半にも従業員はいたが、両方の期間を通して在籍した従業員が1人もいなかった。

いずれも、採択されていても実績報告の段階で要件を満たせず、上乗せ分の交付を受けられません。

賃上げそのものは実行していたのに、人の出入りという別の要因で不成立になる。従業員数が少ないほど、1人の入退社が平均値を大きく動かすため、この確率は高くなります。こうした点は、申請の段階で気づいて手を打っておくべきものです。

実績報告は、慣れないと本当に重い

ここが、この記事で最もお伝えしたい部分です。補助金の説明では、金額と要件は語られますが、交付決定後の事務量はほとんど語られません。実務で日常的に扱っている立場から申し上げると、初めての事業者が独力で乗り切るのは、率直に言ってかなり難しいと感じています。

何をそろえるのか

実績報告では、経費の1件ごとに一連の書類をそろえ、金額・日付・宛名がすべて整合していることを示します。

  • 見積書(相見積が必要な金額帯では2者以上)
  • 発注書・契約書
  • 納品書・検収書
  • 請求書
  • 振込を証明する通帳の写しや振込明細
  • 設置・稼働の状況がわかる写真、機械のシリアル番号
  • 賃上げ関係では、全従業員分の賃金台帳や雇用条件がわかる書類

つまずきやすい箇所

  • 交付決定より前に発注・契約してしまう。これは原則として補助対象外になり、後から取り返せません。
  • 支払方法。原則は銀行振込です。現金払い、相殺、他社名義の口座からの支払いは認められないことがあります。
  • 書類間の不一致。見積の品名と請求書の品名が違う、金額の端数が合わない、宛名が屋号と法人名で揺れている。こうした細部が補正の対象になります。
  • 補正は一度で終わらないことがある。指摘に対応して再提出すると、次は別の観点の指摘が来る。私が担当した案件でも、実績報告で三度の差戻しを経て確定に至ったものがあります。事務局の指摘は理不尽なものではありませんが、書類のどこを見て何を求めているのかを読み取るには経験が要ります。
実務での実感 本業を回しながら、慣れない様式と証憑の突合を、期限のある中で行う。これは想像以上の負担です。事業者の方が「事業のために申請したのに、書類のために時間を使っている」とおっしゃる場面を何度も見てきました。しかも実績報告が終わっても、事業化状況報告が5年続きます。担当者の異動や退職で引継ぎが切れると、翌年の報告で何を書いたか誰もわからないという事態も起こります。

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提出済みの書類を見て、どこが不足しているかをお伝えするだけでも構いません。オンライン相談に対応しており、全国からご依頼いただいています。

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採択だけで終わる支援に何が起きるか

補助金の支援には、採択の通知が届いた時点で役割を終える契約形態があります。成功報酬を採択時に受け取り、その後の交付申請・実績報告・状況報告には関与しない形です。制度上は問題のない形態ですが、要件が現在の形になったことで、構造的な問題が生じています。

リスクが顕在化するのは、採択の瞬間ではありません。その3年後、5年後です。

採択から5年間の義務と、支援が終わるタイミングを示したタイムライン図
図3:採択はスタート地点。返還リスクが顕在化するのは、支援が終わったあとの期間です。

賃上げの達成状況は交付決定後もモニタリングの対象で、事業化状況報告は5年間続きます。未達なら達成度に応じた返還、成長率がマイナスなら全額返還。省力化投資補助金では、未達の報告から18か月間、他の補助金の審査でも減点されます。一度の未達が、その後の資金調達の選択肢まで狭めるということです。

採択時点で支援が終わる契約では、これらが起きる時期に相談できる相手がいません。計画上の数字を作った人が、その数字の達成を問われる場面には不在という状態になります。事業者の側だけが、根拠を十分に把握しないまま5年間の説明責任を負うことになりかねません。

支援者に投げかけるべき3つの質問

依頼する前に必ず確認してください

  1. 実績報告まで契約の範囲に入っていますか。採択後は別料金なのか、含まれているのか。金額だけでなく「どこまで」を確認してください。
  2. 5年間の状況報告について相談できますか。翌年以降、担当者が変わっても対応してもらえるのか。
  3. 申請を勧めない判断もしてくれますか。これが最も重要です。要件を完遂できないと見たときに、はっきり止めてくれるかどうか。

採択率の数字だけで選ぶ時代は終わりました。採択されたあとに困らないかどうかが、選定の基準になります。

当事務所の対応範囲

行政書士潮海事務所では、採択だけを目的とした支援は行っていません。申請の可否の検討から、5年間の年次報告までを一貫してお引き受けできます。

フェーズ主な内容対応
申請前の検討制度の選定、賃上げ要件を完遂できるかの検証、申請しない判断のご提案対応可
申請事業計画書の策定、加点の取得支援、電子申請の代行対応可
交付申請見積・相見積の整備、経費区分の適正化、事務局照会への対応対応可
実績報告証憑の突合、様式作成、差戻し・補正への対応対応可
年次の状況報告事業化状況報告、賃上げ達成状況の整理、取得財産の管理対応可

労務書類の整備が必要な場合は社会保険労務士、登記や税務が絡む場合は司法書士・税理士と連携して進めます。ご相談はオンラインでも可能で、全国からご依頼いただいています。

申請前に自社で確認する7項目

ご自身でも確認できるチェックリスト

  1. 5年間、1人当たり給与を毎年3%台で上げ続けられる利益計画になっているか。
  2. その原資は、補助金で導入する設備から本当に生まれるか。生まれなければどこから出すか。
  3. 従業員の入退社が多い職場ではないか。1人当たりの数字が人の出入りで振れないか。
  4. 賃金台帳・雇用条件通知書が、5年後に提出できる状態で整備されているか。
  5. 補助金は後払いである。事業費の全額を先に立て替える資金があるか。
  6. 交付申請・実績報告・年次報告を、社内の誰が担当するか。
  7. その事務負担を引き受けてでも、この投資を今やる必要があるか。

1つでも答えが出ない項目があれば、そこがご相談の出発点です。答えが出ないまま申請することだけは避けてください。

まとめ

賃上げ要件の厳格化は、補助金を「もらえるお金」から「約束と引き換えの資金」に変えました。制度としては筋が通っています。原資は税金であり、生産性向上の成果を働く人に分配することを条件にするのは合理的だからです。

変わったのは、事業者が背負う期間の長さです。採択で終わる支援は、その長さに合っていません。申請する前に自社の5年後を確認すること、そして最後まで一緒に見てくれる相手を選ぶこと。この2つが、いま最も価値のある準備だと考えています。

よくある質問

Q. 実績報告は自社でもできますか。

できないわけではありません。ただし、経費1件ごとに見積・発注・納品・請求・支払の書類をそろえ、すべての整合を取る作業になります。1回で通らず補正が続くことも珍しくありません。本業を止めずに完遂できるかを基準に、外部に任せるかどうかをご判断ください。

Q. 他の事務所に申請を依頼しましたが、実績報告だけお願いできますか。

ご相談ください。ただし採択された事業計画の内容と、交付決定の条件を確認させていただく必要があります。計画上の数値目標がどう設定されているかによって、対応の難易度が変わるためです。

Q. 賃上げ要件を満たせなかったら、必ず全額返還になりますか。

多くの制度では達成度に応じた按分での返還です。ただし1人当たり給与支給総額の年平均成長率が0%以下、つまりマイナス成長になった場合は全額返還の対象になります。天災など事業者の責任によらない事由がある場合に、免除の取扱いを設けている制度もあります。

Q. 役員報酬を上げれば要件を満たせますか。

ものづくり補助金では23次締切分から役員報酬が計算対象から外れ、従業員のみが対象になりました。役員報酬の増額で要件を満たすことはできないとお考えください。

Q. 賃上げできる自信がありません。補助金は諦めるべきでしょうか。

制度によります。デジタル化・AI導入補助金は補助額150万円未満であれば賃上げは加点にとどまりますし、持続化補助金も賃金引上げ特例を使わなければ通常枠での申請が可能です。補助額は小さくなりますが義務も軽くなります。規模を落として確実に完遂する選択は、決して消極的な判断ではありません。

出典:中小企業基盤整備機構「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」公式サイト/同 省力化投資補助金 一般型 第8回公募要領(2026年8月)/小規模事業者持続化補助金 第20回公募要領/ものづくり補助金 23次締切分公募要領。制度の数値は2026年8月19日時点のものです。申請にあたっては必ず最新の公募要領原本をご確認ください。

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