補助金は採択がゴールではない|賃上げ要件の厳格化で、支援者選びの基準が変わりました
2026年、大型の設備投資型を中心に、主要な補助金の賃上げ要件が引き上げられました。必要な伸び率も未達時の扱いも制度ごとに違いますが、共通しているのは、問題が表に出るのが採択のときではなく、補助事業が終わったあとだという点です。採択だけを目的にした支援では、その時期に誰も残りません。
京都府行政書士会(登録番号19272132号)
補助金サポート実績 105社超 / 採択率73%
※2019年9月〜2026年5月に当事務所が申請支援を行い、審査結果が判明した案件の自社集計です。制度全体の採択率とは算定方法が異なります。
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最終確認日:2026年8月22日/本記事は各制度の公募要領等の一次情報に基づいて作成しています。
30秒でわかる要点
- 大型の設備投資型の補助金では、賃上げが「やれば加点」から「やらなければ申請できない基本要件」に変わりました。
- 未達時の扱いは制度により異なります。未達率に応じた返還、全額返還、補助金全体の不交付のいずれかです。
- つまりリスクが顕在化するのは採択時ではなく、3年後・5年後です。
- 実績報告と年次報告の事務負担は、慣れていない事業者にとって想像以上に重いものです。
- 支援者を選ぶ基準は「採択率」ではなく「どこまで伴走するか」に変わりました。
この記事の内容
結論:採択は終点ではなく、報告期間の始まり
補助金の相談で最も多い誤解は、採択されれば終わりだというものです。実際にはその逆で、採択の通知が届いた時点から、交付申請・実績報告・年次の状況報告という長い実務が始まります。そして2026年の要件変更によって、この期間に負う義務が明確に重くなりました。
この記事では、まず賃上げ要件がどう変わったのかを制度横断で整理します。そのうえで、なぜ「採択までの支援」では足りなくなったのか、支援者をどう選ぶべきかをお伝えします。
賃上げが「加点」から「前提」になった
変化は特定の制度だけで起きたのではありません。ものづくり系の大型補助金、省力化投資、デジタル化・AI導入、そして小規模事業者向けの持続化補助金まで、ほぼ同じ時期に同じ方向へ動いています。
4つの変化
- 「総額」から「1人当たり」へ。採用で総額を嵩上げする方法が使えなくなりました。ものづくり補助金では23次締切分から役員報酬も計算対象外です。
- 「一時点の時給」から「複数年の年平均成長率」へ。持続化補助金の賃金引上げ特例は、第19回までの「事業場内最低賃金+50円」方式から、第20回で「1人当たり給与支給総額 年平均3.0%以上」方式に変わりました。
- 加点が消え、要件に格上げされた。ものづくり補助金は22次締切分にあった賃上げ加点を23次で廃止し、代わりに基本要件の水準を引き上げました。
- 未達に返還が紐づいた。新事業進出・ものづくり商業サービス補助金や省力化投資補助金では未達率に応じた返還、年平均成長率が0%以下なら全額返還です。持続化補助金の賃金引上げ特例では、要件を1つでも満たさないと補助金全体が交付されません。加えて、賃上げに関する特例や加点を受けて採択されたのにその要件を達成できなかった場合は、未達が報告されてから18か月間、中小企業庁が所管する各補助金の審査で大幅な減点を受けます。
| 制度 | 1人当たり給与支給総額 | 事業場内最低賃金 | 位置づけと未達時の扱い |
|---|---|---|---|
| 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金(第1回) | 年平均+3.5%以上 | 地域別最低賃金+30円以上 | 基本要件。未達率に応じた返還、年平均成長率が0%以下なら全額返還 |
| 中小企業省力化投資補助金 一般型(第8回) | 年平均+3.5%以上 | 地域別最低賃金+30円以上 | 基本要件。達成率に応じた返還、0%以下なら全額返還 |
| デジタル化・AI導入補助金 通常枠 | 申請額と過去の受給歴で分岐。補助額150万円以上は年平均+3.0%以上。150万円未満でも、IT導入補助金2022〜2025で交付決定を受けている場合は+3.5%以上 | 必須となる場合は地域別最低賃金+30円以上 | 上記に該当すれば必須、該当しなければ加点。未達時は全額の返還を求める場合あり |
| 小規模事業者持続化補助金(第20回)賃金引上げ特例 | 年平均+3.0%以上(賃金引上げ加点は+2.0%以上) | 比較する両期間で地域別最低賃金以上(第19回までの+50円方式は廃止) | 補助上限+150万円の任意の特例。要件を1つでも欠くと、上乗せ分だけでなく補助金全体が不交付 |
| (参考)新事業進出補助金 第4回(2026年6月締切・旧制度) | 年平均+3.5%以上 | 地域別最低賃金+30円以上 | 基本要件 |
| (参考)ものづくり補助金 22次締切分 | 総額+2.0%等の選択制 | 地域別最低賃金+30円以上 | 基本要件+賃上げ加点あり |
表を見比べると、この数年で何が起きたかがはっきりします。新事業進出補助金は旧制度の第4回の時点で、すでに給与+3.5%・事業場内最低賃金+30円を基本要件にしていました。統合後の新制度でも、この水準は据え置かれています。引き上げが起きたのは主にものづくり系と持続化のほうです。
ただし、「どの制度でも賃上げが必須になった」わけではありません。デジタル化・AI導入補助金は申請額と過去の受給歴で必須か加点かが分かれ、持続化補助金の賃金引上げ特例は使うかどうかを選べます。大型の設備投資を狙うほど賃上げが避けられなくなる、というのが実態に近い理解です。
また、返還が生じるのは給与だけではありません。事業場内最低賃金の水準を毎年満たせなかった場合にも、給与とは別に返還(補助金交付額を事業計画期間の年数で割った額)が発生します。
試算:5年計画で毎年均等に3.5%引き上げた場合
率のままでは実感がわきません。従業員10人、1人当たりの給与支給総額が年400万円の会社で試算します。
| 年次 | 1人当たり給与 | 基準年からの増加(1人) | 10人分の年間増加額 |
|---|---|---|---|
| 基準年 | 400.0万円 | ― | ― |
| 1年目 | 414.0万円 | +14.0万円 | +140万円 |
| 2年目 | 428.5万円 | +28.5万円 | +285万円 |
| 3年目 | 443.5万円 | +43.5万円 | +435万円 |
| 4年目 | 459.0万円 | +59.0万円 | +590万円 |
| 5年目 | 475.1万円 | +75.1万円 | +751万円 |
| 5年間の累計 | ― | +220万円 | +約2,200万円 |
ここに社会保険料の会社負担(報酬のおよそ14%)が乗るため、5年間の総増加額は約2,500万円になります。一方、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の新事業進出枠で、従業員1〜20人の会社が受け取れる補助上限は2,500万円(大幅賃上げ特例の適用時は3,000万円)です。
金額だけを並べると釣り合って見えますが、性質がまったく違います。補助金は一度きりで、しかも補助率は1/2ですから、2,500万円を受け取るには5,000万円の投資と、その半額の自己負担が先に必要です。対して賃上げは、補助金の計画期間が終わったから元に戻せるという性質のものではありません。引き上げた給与は、その後も人件費として継続する可能性が高く、補助事業終了後の収益計画にも織り込んでおく必要があります。一度の補助と、長く続く固定費の増加を交換している、というのが実際の構図です。
実例:従業員が1人辞めただけで要件を満たせなくなる
「1人当たり給与支給総額」という指標は、経営者が完全にはコントロールできない要素を含みます。持続化補助金 第20回の賃金引上げ特例を例に説明します。この特例は、補助事業実施期限日を終点とする12か月と、その前年同月の12か月を比較する仕組みで、各期間について、その期間の全月分の給与を受けた従業員だけが計算対象になります。中途採用や退職により全月分の支給を受けていない従業員は、その期間の計算から外れます。
要注意のケース:従業員が1人だけの事業者で、その従業員が後半の12か月の途中で退職した。後半期間について全月分の給与を受けた計算対象者が誰もいなくなり、1人当たり給与支給総額を算出できない。
公募要領は、いずれかの月で算定対象となる従業員が存在しない場合は特例の対象外とし、申請時点では要件を満たしていても、実績報告時までに従業員が退職する等により年平均上昇率を算出できなくなった場合は補助金が交付されないと明記しています。
賃上げそのものは実行していたのに、人の出入りという別の要因で不成立になる。従業員数が少ないほど、1人の入退社が計算そのものを壊すため、この確率は高くなります。こうした点は、申請の段階で気づいて手を打っておくべきものです。
実績報告は、慣れないと本当に重い
ここが、この記事で最もお伝えしたい部分です。補助金の説明では、金額と要件は語られますが、交付決定後の事務量はほとんど語られません。実務で日常的に扱っている立場から申し上げると、初めての事業者が独力で乗り切るのは、率直に言ってかなり難しいと感じています。
何をそろえるのか
実績報告では、経費の1件ごとに一連の書類をそろえ、金額・日付・宛名がすべて整合していることを示します。
- 見積書(相見積が必要な金額帯では複数者分。必要な者数と基準額は制度により異なり、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金では契約先1件あたり50万円(税抜き)以上で3者以上、持続化補助金では発注総額1件あたり50万円超(税込)で2者以上です。いずれも取得するのは交付申請・発注前の段階であり、実績報告までに集めればよいものではありません)
- 発注書・契約書
- 納品書・検収書
- 請求書
- 振込を証明する通帳の写しや振込明細
- 設置・稼働の状況がわかる写真、機械のシリアル番号
- 賃上げ関係では、全従業員分の賃金台帳や雇用条件がわかる書類
つまずきやすい箇所
- 交付決定より前に発注・契約してしまう。これは原則として補助対象外になり、後から取り返せません。
- 支払方法。原則は銀行振込です。現金払い、相殺、他社名義の口座からの支払いは認められないことがあります。
- 書類間の不一致。見積の品名と請求書の品名が違う、金額の端数が合わない、宛名が屋号と法人名で揺れている。こうした細部が補正の対象になります。
- 補正は一度で終わらないことがある。指摘に対応して再提出すると、次は別の観点の指摘が来る。私が担当した案件でも、実績報告で三度の差戻しを経て確定に至ったものがあります。事務局の指摘は理不尽なものではありませんが、書類のどこを見て何を求めているのかを読み取るには経験が要ります。
実績報告でお困りの方へ
提出済みの書類を見て、どこが不足しているかをお伝えするだけでも構いません。オンライン相談に対応しており、全国からご依頼いただいています。
無料相談を申し込む LINEで相談する採択だけで終わる支援に何が起きるか
補助金の支援には、採択の通知が届いた時点で役割を終える契約形態があります。成功報酬を採択時に受け取り、その後の交付申請・実績報告・状況報告には関与しない形です。制度上は問題のない形態ですが、要件が現在の形になったことで、構造的な問題が生じています。
リスクが顕在化するのは、採択の瞬間ではありません。実績報告のとき、毎年の状況報告のとき、そして事業計画の最終年度です。持続化補助金なら実績報告時と補助事業終了の1年後、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金なら補助事業完了後の年度末を初回として以降5年間の報告時。時期は制度で違いますが、いずれも補助事業が終わったあとに来るという点は共通しています。
賃上げの達成状況は交付決定後もモニタリングの対象です。報告の回数と期間は制度により異なり、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金では補助事業完了日の属する年度の終了後を初回として以降5年間、持続化補助金では補助事業終了から1年後、デジタル化・AI導入補助金では賃上げ計画の期間に応じた報告が求められます。未達なら達成度に応じた返還、成長率がマイナスなら全額返還。さらに、賃上げの特例や加点を受けて採択された事業者がその要件を落とした場合は、未達の報告から18か月間、中小企業庁が所管する他の補助金の審査でも大幅な減点を受けます(基本要件の未達に自動的に生じるものではなく、対象は各制度の最新の公募要領で確認が必要です)。一度の未達が、その後の資金調達の選択肢まで狭めるということです。
採択時点で支援が終わる契約では、これらが起きる時期に相談できる相手がいません。計画上の数字を作った人が、その数字の達成を問われる場面には不在という状態になります。事業者の側だけが、根拠を十分に把握しないまま5年間の説明責任を負うことになりかねません。
支援者に投げかけるべき3つの質問
依頼する前に必ず確認してください
- 実績報告まで契約の範囲に入っていますか。採択後は別料金なのか、含まれているのか。金額だけでなく「どこまで」を確認してください。
- 5年間の状況報告について相談できますか。翌年以降、担当者が変わっても対応してもらえるのか。
- 申請を勧めない判断もしてくれますか。これが最も重要です。要件を完遂できないと見たときに、はっきり止めてくれるかどうか。
採択率の数字だけで選ぶ時代は終わりました。採択されたあとに困らないかどうかが、選定の基準になります。
当事務所の対応範囲
行政書士潮海事務所では、採択だけを目的とした支援は行っていません。申請の可否の検討から、5年間の年次報告までを一貫してお引き受けできます。
| フェーズ | 主な内容 | 対応 |
|---|---|---|
| 申請前の検討 | 制度の選定、賃上げ要件を完遂できるかの検証、申請しない判断のご提案 | 対応可 |
| 申請 | 事業計画の策定支援、加点の取得支援、申請画面への入力支援、添付資料の確認 | 対応可 |
| 交付申請 | 見積・相見積の整備、経費区分の適正化、事務局照会への対応 | 対応可 |
| 実績報告 | 証憑の突合、様式作成、差戻し・補正への対応 | 対応可 |
| 年次の状況報告 | 事業化状況報告、賃上げ達成状況の整理、取得財産の管理 | 対応可 |
※事業計画の作成は申請者自身が行う必要があり、第三者が作成した場合は不採択・採択取消・交付決定取消の対象となる制度があります。また、GビズIDのアカウントとパスワードを第三者に開示することは利用規約に反するため、認証と最終送信は申請者ご本人に行っていただきます。
労務書類の整備が必要な場合は社会保険労務士、登記や税務が絡む場合は司法書士・税理士と連携して進めます。ご相談はオンラインでも可能で、全国からご依頼いただいています。
申請前に自社で確認する7項目
ご自身でも確認できるチェックリスト
- 5年間、1人当たり給与を毎年3%台で上げ続けられる利益計画になっているか。
- その原資は、補助金で導入する設備から本当に生まれるか。生まれなければどこから出すか。
- 従業員の入退社が多い職場ではないか。1人当たりの数字が人の出入りで振れないか。
- 賃金台帳・雇用条件通知書が、5年後に提出できる状態で整備されているか。
- 補助金は後払いである。事業費の全額を先に立て替える資金があるか。
- 交付申請・実績報告・年次報告を、社内の誰が担当するか。
- その事務負担を引き受けてでも、この投資を今やる必要があるか。
1つでも答えが出ない項目があれば、そこがご相談の出発点です。答えが出ないまま申請することだけは避けてください。
まとめ
賃上げ要件の厳格化は、補助金を「もらえるお金」から「約束と引き換えの資金」に変えました。制度としては筋が通っています。原資は税金であり、生産性向上の成果を働く人に分配することを条件にするのは合理的だからです。
変わったのは、事業者が背負う期間の長さです。採択で終わる支援は、その長さに合っていません。申請する前に自社の5年後を確認すること、そして最後まで一緒に見てくれる相手を選ぶこと。この2つが、いま最も価値のある準備だと考えています。
よくある質問
Q. 実績報告は自社でもできますか。
できないわけではありません。ただし、経費1件ごとに見積・発注・納品・請求・支払の書類をそろえ、すべての整合を取る作業になります。1回で通らず補正が続くことも珍しくありません。本業を止めずに完遂できるかを基準に、外部に任せるかどうかをご判断ください。
Q. 他の事務所に申請を依頼しましたが、実績報告だけお願いできますか。
ご相談ください。ただし採択された事業計画の内容と、交付決定の条件を確認させていただく必要があります。計画上の数値目標がどう設定されているかによって、対応の難易度が変わるためです。
Q. 賃上げ要件を満たせなかったら、必ず全額返還になりますか。
制度によって異なります。新事業進出・ものづくり商業サービス補助金や省力化投資補助金では達成度に応じた按分での返還が原則で、年平均成長率が0%以下、つまり横ばいまたはマイナスの場合は全額返還です(0%は「達成できていない」側に含まれる点にご注意ください)。デジタル化・AI導入補助金では全額の返還を求める場合があるとされ、持続化補助金の賃金引上げ特例では返還ではなく、補助金全体が交付されないという扱いになります。
一方で、付加価値額が増加しておらず、かつ事業計画期間の過半数で営業利益が赤字だった場合や、天災など事業者の責任によらない事由がある場合に、返還を求めない取扱いを設けている制度もあります。
Q. 役員報酬を上げれば要件を満たせますか。
ものづくり補助金では23次締切分から役員報酬が計算対象から外れ、従業員のみが対象になりました。役員報酬の増額で要件を満たすことはできないとお考えください。
Q. 賃上げできる自信がありません。補助金は諦めるべきでしょうか。
制度によります。デジタル化・AI導入補助金の通常枠は、補助額150万円未満で、かつIT導入補助金2022〜2025で交付決定を受けていなければ、賃上げは加点にとどまります。過去に交付決定を受けている場合は、150万円未満でも年平均+3.5%以上が必須になる点にご注意ください。持続化補助金も、賃金引上げ特例を使わなければ通常枠での申請が可能です。補助額は小さくなりますが義務も軽くなります。規模を落として確実に完遂する選択は、決して消極的な判断ではありません。
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